パイク・ブルーイング・カンパニー
アメリカ合衆国 ワシントン州 シアトルより![]()
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アメリカのマイクロブルワリーがその数において、ドイツを抜いて世界一になったのはご存知かな? その中でもワシントン州シアトルは、ポートランドに次ぐマイクロブルワーのメッカといわれるところ。 市内のあちらこちらに地ビール・パブがエスプレッソ・バーと同じくらい点在し、クオリティー派のシアトルっ子の味覚とライフスタイルを満足させている。
さて、そのシアトルのダウンタウン、海沿いのおしゃれなパイク通りにある”パイク・ブルーイング・カンパニー”はシアトルでも名門のブルワリー。名門として扱われる由縁は、パイクビールが地ビールコンテストや評価で数々の賞を受賞した逸品揃いだから、というのもあるが、何よりも、このブルワリーのオーナー、チャールズ・フィンケル氏は知る人ぞ知る、アメリカの地ビールブルワリーの父といわれている人でもあるからである。
業界の名人、フィンケル氏の歴史はワインから始まる。32年ほど前、当時お酒といえば安くて甘いワインや(赤玉スイートワインを思い出さない?)スピリッツだけだったアメリカに、ヨーロッパの小さなワイナリーで作られた、高級ワインを輸入するというアイディアを思い付いたフィンケル氏、”食事とワイン”なんてしゃれたこと誰もやっていなかったアメリカ市場に、初めて高級クラフトワインを導入した。少量生産の高品質、しかも 輸入ワインだから当然お値段も高く、なかなか庶民にはピンとくるものではなかった。ところが意外にもジェット機の発達による海外旅行の流行からヨーロッパ文化へレミアム・ワインの売れ行きは伸びていたのである。 ![]()
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それでは、これはどうだろうと次に手を出したのが、”地ワイナリー”。 今でこそカリフォルニアワインなんて有名になったけど、当時はカリフォルニア州にわずか25くらいのワイナリーしかなかったらしい。 庶民が味の良い輸入ワインに慣れてきたころ、地元のワイナリーでできたおいしいプレミアム”地ワイン”の販売を始めたわけだ。ブティック・ワインと呼ばれた国産ワインは時代の波に乗り、食卓での確たる地位を築き始めた。現在カリフォルニアには1000を超えるワイナリーが操業しているという。
次に何が起こったかは想像できると思う。そう、ビール。ワインに起こった事が必ずビールにも起こるはずと信じたフィンケル氏、ヨーロッパの高品質のビールを作っているブルワリーに接近。ちょうど昭和53年くらいの大量生産時代のことである。皆がより安く、より薄くといっている時代に、たった一人全く逆の”量より質”の高級輸入ビールをまたもや始めてアメリカにもたらしたのだ。 みんな戸惑った。そりゃそうだ。だってこんな色したこんな味のビールなんて見た事無かったんだもん。だってこんなに高いビール、みんな冗談だと思うよね。うう、、。ここでフィンケル氏、クラフトビール教育普及の必要性を猛烈に感じる。ちょうどこのころ、マイケル・ジャクソンの”ザ・ワールド・ガイド・オブ・ビア”が出版され、ビールという飲み物に光りが当たり始めていたのだが、それでも、スタウトが何なのか、ダブルボックが何なのかなんて誰も知りやしない。(ちょうど今の日本のようなもんだ。)そこで彼は、ビールの歴史や味の特徴、勧め方、それに合うお料理なんかを酒販店や卸業者にコツコツと教えて回ったという。こうしてクラフトビールの種類を普及させていく一方で、彼はこれまで商売にならないとして捨てられていた、昔ながらのビールのレシピをよみがえらせていった。オートミールスタウトなんて、50年間醸造されていなかった代物を復活、さらに自分でデザインしたラベルを貼って、なんと流通させて売っちゃった。ここまで来るとクレージーとしかいいようがない。 ![]()
こうして1980年代中半、ついにマイクロブルワリーの時代が到来した。初めてバドワイザーやミラー以外の味のビールに挑戦する若きブルワーたちは、フィンケル氏が導入したヨーロッパのクラフトビールの各スタイルをお手本にしてきたといっても過言ではない。こうして小さな地ビールブルワリーがアメリカで徐々に増えるにつれ、庶民にもクラフトビールが浸透していったのだ。ここまできたら最後はどうなったかもうわかるね。そう、やっぱり自分のブルワリーを作らなきゃ。こうしてシアトルのパイクブルワリーが誕生した。 彼はこのブルワリーを作る時、「自分で輸入した世界最高のクラフトビールに太刀打ちできるビールを作る!」と誓ったそうだ。その言葉通り、パイクのビールは数々のタイトルを持ち、ビアジャッジに難癖をつけさせない品質。フィンケル氏とともにクラフト・ビールの普及に大きな役割を果たしたマイケル・ジャクソン氏の言葉を借りれば「無人島に7つだけビールを持っていけるとしたら、パイクのビールは絶対その中の一つ。」時代を先読みする実業家、古きビールを復活させたロマンチスト、そして高品質クラフトビールの一般普及に情熱をかけたフィンケル氏は、先日その功績を称えて「ライフタイム・アチーブメント賞」を受賞。アメリカのマイクロブルワリーの発展は彼無しでは語れない。その彼の信念の権化のようなパイク・ブルーイング・カンパニーは、1989年に175KL生産からスタートして現在は年間1643KLを目標に操業している。ブルーパブの真ん中にブルワリーがあって、パブはまるでコーヒーハウスのようなリラックスした雰囲気。中にはビール片手にチェスに興じている人もいる。ワイン上がりのフィンケル氏は、当然お料理にもこだわる。ビールと料理のコンビは大切なテーマだから、メニューも幅広い。また、建物にはビア・セントラルといって、ホームブルーイング・ショップ、マイクロブルワリー博物館などを併設、またブルワリー・ツアーを定期的に行い、訪れる人にビールへの知識を広めてもらえるよう努力している。信念の権化ってあたっているだろう?
パイクのビールはメインが3種類。パイク・ペールエールはフルボディで、ナッティなモルトのフレーバーに、スパーン!とホップアロマが鼻と口を占領。そこにほんのりアプリコットのようなフルーティさがなんともまろやか。ゴクゴクと飲むよりは、シーフードやフライ料理と一緒にいただくとなおよろし。インディア・ペール・エールはそのスタイルの条件をフルに満たした味。強烈なホップアロマにロースト・フレーバーにマッチョな口当たり。 ああ、たくましい。日本のやさしい地ビールに慣れている人には衝撃かもしれ ない。スパイシーな料理に抜群。必須試飲。スタウトはシャープなドライ・スタウトとリッチでモルトの香りたっぷりのインペリアル・スタウトの中間をいく感じ。香ばしさプラス、チョコレートの香り。 日本人は苦手かもしれないけど、一度だまされたと思ってチ ョコレートクッキーと一緒に飲んでみてごらん。その他季節のビールが出ているが、このメイン3種類に関しては、小西酒造が総代理店として日本のみんなに届けてくれる事になりそうだ。グラスに顔を近づけた瞬間、ぶわっと君を直撃する贅沢なホップのアロマに地ビール新体験を保証するよ。一度入ったら抜けられない味だ。ゆっくり存分に楽しんでくれたまえ。
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