ワイン・メーカーのビールへの挑戦
ビールを作り始めたワイナリー : カリフォルニア・ナパバレー



北カリフォルニアはサンフランシスコから車で約1時間半程度のところに広がるナパバレー。 名前に聞き覚えのある人も多いかと思うが、葡萄畑が一面に広がるこの地域は、カリフォルニア・ワインの故郷である。私はワインにうるさい人間でもないし、アメリカの肩を持つつもりでもないが、カリフォルニア・ワインと聞いただけで、「ああ」と、鼻から相手にしない日本人が多いのには、ちょっとがっかりする。シャドネー、マーロゥ、キャボネ・ソーベニョン、、。 上等のカリフォルニア・ワインは、日本に入っている、安物のドイツワインや、フランスワインより、よっぽど美味しいものである。いいものが手に入りにくいのか、名前と印象だけに躍らされているのか、いずれにしても、世界のよいものを手頃に入手できない、日本の食生活の発展を願わずに入られない。
話が妙な方向に深入りする前に、本題に戻ろう。 今回の話題は、最近このワイン・カントリーにある、ワイナリーの3軒がマイクロ・ブルワリーを立ち上げたことだ。ワインメーカーのビール業界への侵入である。 と、いっても、日本の地ビールメーカーの大半が"サケ・ブルワリー"だから、考えられないことでもないか、、。

さて、このワイナリー・ブルワリーを紹介すると、まず、ファイヤーストーン・ワイナリーの若旦那が作った、"ファイヤーストーン・ウォーカー・ブルワリー"。そして、アメリカで最もヒットしている中級ワイン、グレン・エレンを作っている、ベンジガー・ファミリー・ワイナリーの"ソノマ・マウンテン・ブルワリー"。 最後に、コーベル・シャンペン・セラーから"ロシアン・リバー・ブルワリー"。ファイヤーストーンとソノマ・マウンテンは瓶詰による外販を主にし、ロシアン・リバーは、コーベル・セラーのデリカテッセンでだけの限定販売という形を取っている。 「ワイン作りにゃ、ビールがたんといる。」という言い伝えに、ワイン作りに汗水流して働く農夫たちが、ビールで喉を潤している姿が想像できる。ワインとビール、相容れないような飲み物2つを作り始めた3つのブルワリーを紹介しよう。



この11月、私とハズバンドは、ソノマ市に住む友人夫妻のところに遊びに行った際、この中のソノマ・マウンテン・ブルワリーを訪れる機会を得た。 秋深まる冷たく湿った空気、軽いもやの中、延々と広がるワイン葡萄畑を見ながら目的地に近づくと、すでに下調べをしていた友人が、「ここでは、"ホップ"を育てているらしいよ。」と言う。 どれどれ、と、あたりを見回してみても、実物のホップの木(厳密に言えばツルだが、、)を見たことのない我々は、どれがホップなのかわからない。 一人が「これじゃない?」と、明らかに葡萄の蔓を指差して言う。「違うよ。」と言ったものの、私も自信がない。
しん、と静まり返った葡萄畑の真ん中に、サイロに付けられたSONOMA MOUNTAIN というロゴが一際目立つ。 ブルワリーの建物と駐車場の間には、結構な距離があり、その間は、"ブルワーズ・ガーデン"になっていて、セルフ・ブルワリー・ツアーのスタート地点になっている。ビールの原材料を、実際地面に生えているところから、見せていこうという指向である。小さな屋根だけの建物の中には、ビールの原材料から製造工程までを順番に説明したパネルが置かれていて、それで概略をつかんだ後、順序通りに歩きながら実物を見学できるようになっている。
「バーレーがあるはずだ。」とうちのハズバンド。「これかな?」おいおい、バーレーは大麦。 麦がそんな広い葉っぱを持つはずがない。 これだから都会育ちは困る。 収穫されてきれいに耕された畑の横に「BARLEY」の立て札を見つけてみながっかり。 しかし、その次には、あった、あった。 空高く伸びたポールに、地面から斜めに張られたワイヤーに、ちょろちょろと、地面から2mほど這っているのは、まぎれもなくホップである。
カリフォルニアで一番大きいと自慢の、ソノマ・マウンテン・ブルワリーのホップ畑にはちょっとした逸話がある。実はこの葡萄畑以外に何も見当たらない、ワイン・カントリーと呼ばれるナパバレー地域は、その昔、ワインが主産業になる前は、ホップ・カントリーだったのだそうだ。記録によると、ピークの1946年には、ホップはこの地区のうち、2600エーカーに植えられていて、その生産高、なんと22000ベール、金額にして230万ドルの収穫をもたらしていたという。しかし、50年代の冬の長雨により、ホップはかびの打撃を受け、どうにもならなくなってきた。苦しんだ農家は、次なる収入源になる農産物への切り替えを余儀なくされた。そこに現れたのがワインだったわけである。 1960年に1529ベールを生産した後、その翌年には生産高ゼロと、ホップは、文字どおり一夜にして、このワイン・カントリーから消え失せたのである。

今年の夏、ソノマ・マウンテン・ブルワリーの最初のホップが実った。オーナーたちはここで、過去と現在を融合させるべく、当時ホップ畑で働いていた人々を探し出し、その摘み取りを一緒におこなったのである。 8月のある日、55歳から95歳までの当時のホップ・ワーカーたちが集まり、空高く伸びたホップの蔓から、繊細なつぼみを摘み取っていった。 「思い出があふれてきます。」と、当時まだ10代であった主婦。 ここで、若い今の農夫たちも加わって、ベテランたちの作業から学びながら、30数年ぶりにできたホップを摘み取っていったのだそうだ。このホップは、このベンジガー・ワイナリーのワイナリーツアーの一環にも入れられているという。 その狙いは、人々にワイン同様、ビールも農産物から出来ているのだというのを教えるためだという。

確かに、こうしてビールの原材料のライブを見せるのはいいアイディアである。現にビールに全く関係のないこの連中が、それらを手に取り、匂いを嗅ぎ、明らかに興味を示し始めているのがわかる。

さて、麦、ホップときたが、次にはちゃんと、イーストを見せてくれるイースト・ハウスがあった。屋外だが、顕微鏡で見たイーストの拡大写真や、実物がおいてあった。 ここまで来ると、「どうしてモルトにするの?」とか、「ラガーとエールってどうちがうの?」とか、だんだん質問が増えてきた。 ちょっとしたツアーガイドを気取って、偉そうに質問に答えながら、パブの中へ進む。
さすがに朝の11時から飲んでいる人は少なかったが、広々とした高い天井のパブは、木のぬくもりがあってあたたかい雰囲気。夏場のシーズン中や、週末はツアー客でいっぱいになるという。テイスティングを後の楽しみにして、パブを突き抜け、パティオを横切ると、その向こうにブルーイング・ルームがある。
階段を上って、入り口のドアを開けてまずすぐに、ラボラトリー。 各種実験器具がそろっている。そして、その横の吹き抜けになったスペースには、みごとな銅のブルーハウス。 グラビティを利用してのシステムになっているため、マッシュ、ロータータンがひとつになった釜が上段に、ブルーケトルが下段にと、2台同じようなデザインの釜がならんでいる。 それぞれのオニオン・ドームの丸みと、そこから出た、これもピカピカの長い煙突が、さらにこの風景をダイナミックに演出している。 このブルーハウスは、1967年に作られた中古で、ドイツのスタインネックにあった、カルブレ・ブルワリーというところから買い上げたものである。 コンテナーに解体されて詰め込まれてきたものを、現地で再建したのだそうだ。 形といい手入れのよさといい、「ビューティフル!」と思わず言わずにはいられない美しさである。30年たっても衰えない見目麗しさは、さすがドイツのクラフトワークである。(実際の機能性はどうかわからないが、ツアーにはもってこいの目玉であることは確か。)
となりの部屋に入ると、そこはセラールームになっている。 大きなユニタンクが並び、ボトルケースのパレットがうずたかく積まれている。複雑な様相のボトリング・ラインのとなりには、フラッシュ・パスチャライザー。 なるほど、ビールのフレーバーの損失を最低限に押さえ、なお且つシェルフライフを持たせるために、ここでは瞬間にしてビールの温度を上げ、滅菌する装置を使用しているようである。 ここまで来ると、説明するほうもくたびれ、聞いている方も、ぽかんとしてきたので、さっさとパブへ戻って、楽しみのテイスティングへと進むことにしよう。
パブへ戻ると、バーテンダーのおじちゃんが、今サーブしている4種類のビールのサンプラーを出してくれた。 ソノマ・マウンテン定番のピルスナーとアンバーラガー。それに季節ビールのオクトーバーフェストとボックである。 お気づきの方もあるだろうが、このブルワリーはラガーを専門に作っている、マイクロとしては少数派の一つである。 最初の醸造は今年の4月。 7月に"ソノマ・マウンテン・ゴールデン・ピルスナー"とチェコ・スタイルの"アンバー・ラガー"がデビューしている。 どちらも、モルトとホップのバランスがとれた、品のいい味である。オクトーバーフェストはぐっとモルティで、私はこれが一番好きであった。 また、ボックも独特のアルコール・フレーバーが喉と鼻を刺激。冬がやってくるのを思わせる味であった。 同じカリフォルニアでも、私が住んでいるロサンジェルスとこのあたりでは全く気候が違う。暖かい暖炉の前で、ワインとチーズを楽しむように、この暖かい雰囲気のパブで、冬にボックをゆっくりチェスでもしながら飲めたらいいなあ、と思った。
このブルワリーのバック・ボーンであり、親会社であるベンジガー・ワイナリーは、先代がニューヨークからこの土地へやって来てワイナリーをはじめたのが最初。1980年のことだから、20年とたっていない若い会社である。 しかし、プライス・ベストのワイン、"グレン・エレン"がアメリカ中で大ヒットして商売は大成功。 その後を継いだ2代目のマイク・ベンジガー氏は、大きくなった会社を売却して、家族の使命である最高品質のワインを作ることに専念するように切り替えた。その後、あたりを駆け巡るクラフトビール旋風に煽られ、妹婿のワレス氏とともに、クラフトビール界へ潜入することになる。

彼らは、毎年毎年同じビールを延々と作るよりも、たとえ前年の種類と違っていても、その年に一番よくできたベスト・ビールを作るようにしたいという。 毎年葡萄の出来が同じでありえない、ワイン・メーカーならではのアプローチである。これに対して、首をかしげるブルワーも多いに違いないが、インスティチュート・オブ・スタディ・フォー・ブルーイングのエドガー氏は、「ワインメーカーがブルーイングに参加するのは大いに結構。 彼らは、だれよりもより、ビールのフレーバーの繊細さ、芸術性や伝統などを理解できるだろうから。」と、他のブルワーへの助言も兼ねてのコメント。 しかし、一方では、「ビール・ドリンカーは、そんなブーケだの、アロマだの、と、いちいち、講釈付けてビールを飲んだりはしない。」と、アメリカ国内、スペシャリティビール業界第5位のシエラネバダ・ブルーイングのハリソン氏。 これには、ワイン・スノッブ(ワインに知識があることひけらかし、お高くとまっている人たち)への皮肉もちらり。「彼らは、ワインをティスティングするようにしてはビールを飲まない。 彼らはシンプルに、ただ"うまいビール"が飲めればいいんだ。」

同氏は、同時に、最近成長が鈍ってきたマイクロブルワリーの業界を見据えて、この業界への参入が少々遅かったかもしれない、とも言う。彼らが始めた80年代前半は、あまりに突拍子もないことで、なかなか店にビールをおいてくれなかったが、今では、あまりにマイクロビールが多すぎて、店においてくれないというのである。 確かにその傾向はあるが、がんばって欲しいものである。



"ファイヤーストーン・ブルーイング"

残念ながら、サンタバーバラ郡にあるこのワイナリーとブルワリーには行けなかったが、かいつまんでストーリーをお話すると、現社長の先代が、ノンアルコール・ビールを作り始めたのがビール造りへの最初のきっかけである。残念ながら、このノンアルコールは商売にならないことが判明、生産を中止したが、少々毛色の変わった息子の現社長は、そのアイディアを捨て切れなかった。 そこへ、イギリス生まれのエール大好きという、妹婿が登場。 この2人がつるんで、ブルワリー設立へと進んでいったのである。 この妹婿が持ち込んだのは、バレルの中で発酵させるというイギリスの伝統的醸造方法。 幸い、ここはワイナリー。 バレルなら山のように手に入る。最初、2人は試行錯誤で中古のワイン・バレルを使ってやってみたが、ワインの残留物が中に残っていて、ばらばらの品質であったり、とんでもないすっぱい奴ができたり(ベルギービールのランビックを思い出して頂きたい)というものであった。 そこで、新しいブルーマスターを採用し、新品のバレルを使用し、イギリスの"バートン・ユニオン"と呼ばれる手法を採用して負けずにトライ。密閉されたシステムの中で、18個の樫のバレルをパイプでつなぎ、一定の圧力の中で、イギリスから持ち込んだイーストを使って発酵させることした結果、バレル発酵特有のメローな丸みのあるビールを作ることに成功した。 "ダブル・バレル・エール"と名づけられたビールは、主に南カリフォルニアで人気を得、販売もうまく行っているが、だからといって、現社長がワインメーキングから手を引くことは全く考えていない。 また、周りの人たちも、ワイナリーがビールを作ることに、妙に思うどころか、大いに歓迎しているという。おいしいものは、おおいに結構、商売繁盛、大いに結構というところであろう。


"ロシアン・リバー・ブルワリー"

こちらも早足で駆け抜けるが、スパークリング・ワイン(いわゆるシャンペンであるが、シャンペンはフランスのシャンパーニュ地方でできるものにしか名づけられないとして、カリフォルニアではこう呼ばれている。)で有名なコーベル・セラーの現社長が、そのワイナリー内の115年の歴史を持つ、ワイン・クラッシャー・ルームにこのブルワリーをオープンしたのは、今年の6月。 ビールは、ゴールデン・ウィート、ペール・エール、アンバー・エール、そしてポーターの4種類。 敷地内のデリカテッセンで、ドラフトのみであったが、近々ボトリングを開始して、近辺のレストランやリカーショップでの販売も始めるそうだ。

これら、ワインメーカーのブルワーたちの意見で一致しているのは、クラフトビールを好む人々と、ワインを好きな人々に多くの共通点がある、ということである。 両方とも、生活の中で、より繊細な品質の高いものを求める傾向がある、という。 ビールはカクテル・タイムで最も多くオーダーされる飲み物であるが、それでもディナー・テーブルでの主役は、まだまだワインである。 ワインとビールの共存。 どちらにしても、繊細で美味しいものができるのなら、消費者や嗜好者にとって、これほど結構なことはないのである。 うまいビールで胃を刺激したら、美味しい料理をおいしいワインでいただきまーす。



参考資料: ロサンジェルス・タイムズ、 セレブレーター・ビア・ニュース
追記:
日本酒は食事というより、つまみ(酒が主役で、食べ物は"つまみ"だなあ。)と一緒である。 だけど、焼鳥屋や居酒屋では、一品料理やなべ物などで、ビールとも日本酒とも一緒に食事をする。 食事に酒がついているのか、酒に食事がついているのか、どっちかなあ?

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