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ベルギーで家を造っている。94年8月末にパワーシャベルが地下室を作るための穴を掘り出して以来のこと。「造っている」と現在進行形にしたのは、まだまだ途中だから。
「ベルギー人はお腹に煉瓦を持って生まれてくる」という諺通り、ベルギー人の家への執着はすさまじい。日本人の「マイホーム願望」とはわけが違う。「買い、所有する」のではなく、文字通り自ら「建て、造る」ことへの執着だ。日本のように工務店に一括して頼み、建材やサッシや建具や風呂・トイレと言ったものを予算の中で適当に選んで貰ってその中から受動的に決めるというようなことは誰の念頭にもないようだ。自ら煉瓦やドアのノブのひとつひとつに至るまで、素材、色、メーカー、単価、買い付ける数量、配達の場所や日時にまで徹底的にこだわり続ける。おかげで屋根瓦のメーカーや単価まで知るようになった。
私が「労働者中心型資本主義」と呼ぶ、今日のヨーロッパ社会。近しい親戚知人の中に失業者が何人もいる。大学を卒業したとたんに失業して失業保険のお世話になる。社会保証を支えるために税金は驚くほど高い。長い不況を通して人々が得たものは賃金増加ではなく長い休暇だ。人を雇ってやってもらう仕事には高い間接税がかかる。だから何でも自分でやってしまう。ピカピカの弁護士先生も、郵便配達のおじさんも、実は皆、けっこうプロはだしのサンデー・カーペンターだ。
プロの道具が何でも揃う Do It Yourself の店は昼ひなたから毎日大盛況。家をひとつ建てる内に「小型コンクリートミキサー」「タイル切断用の人工ダイヤモンド付電動カッター」「幅木の端を角度45度に切るための特殊台」などという不思議なものがひと通りそろってしまう。工作や日曜大工が好きな人にはよだれの出そうな材料や道具が、ベルギーでは普通の家のガレージの中にごろごろ転がっている。私の父は、毎年夏、この大人のおもちゃ箱のようなわが家に来て家造りに参画するのを楽しみにしている。
ベルギーの家には「完成」という概念はない。家は進化し続ける。2年目の夏、わが家ではようやく壁紙を貼り始め、2階の個室のドアを塗り始めた。壁紙もペンキも、選択の幅はほぼ無限に広く、従って在庫があるわけもないので、待ち時間もあきれるほど長い。暖炉の外壁の装飾、庭造り、屋根裏、地下室の内装等など。暗く寒いベルギーの長い冬、まだまだ、やることはいくらでもある。
ことわざ検証「ベルギー人はお腹に煉瓦をもって生まれてくる」
わが夫の家族で検証してみようと思う。わが家自体の家造りは94年に始まった。私の夫は長男で5人兄弟の上から2番目だ。父親は、ワロンと呼ばれるベルギー南部の片田舎で農業を営んでいた家に生まれたが、一家で初めて大学(ちなみにベルギーで大学というと国立大学のことだ)へ進学し経済を学び、当時国の基幹産業として景気の良かった鉄工会社に就職。ヨーロッパの鉄鋼業が日本に押されて斜陽になると同時にベルギー経済は低迷するのだが、この父は34歳で鉄工会社のある都市の郊外に一軒家を建てた。もちろん設計からすべてにこだわり続けたベルギーらしい建て方だ。築約30年の家は、子供達が出ていった後、子供部屋を父親の新たな書斎に改装したり、リビングやキッチンの壁紙を変えてイメージチェンジしたり、家は今だに進化している。
長女は獣医で、同じく獣医の男性と結婚してフランスの田舎に住んでいる。約10年にその村でシャトーと呼ばれる築100年位の石造りの大きな家を買い、内装を超モダンに一新。初めて訪れた時、日本人の私はこのあまりにもヨーロッパらしい森の中の壮大な家の出で立ちとモダンな広々とした内装に度肝を抜かされた。3年前には新たに手を加えて新しい子供部屋2つ、子供用バスルーム、ビリヤードのあるプレイルーム等を造り、一昨年は、お客をもてなす食堂、家族の居間を新しく模様替えし、その昔コンシエルジュが住んでいた別棟の2階も新たな客間に改装した。ヨーロッパの大きな古い家には、日本人の凡人には思いも寄らぬ三次元の空間創造が可能だ。彼等は昨年、近くの街に新しい獣医クリニックを開くために土地を買い新しい家を建てた。初めの家も、新しい家も、まだまだどんどん進化している。
甘ったれだった末の娘は、今年4月、パイロットのボーイフレンドと一緒に、共同でボーイフレンドのお父さんの所有する古い古い別荘の一つを買いとった。広い庭の先にみゅーず河がゆったり流れる眺めのすばらしい一等地だが、家の中はディズニーランドのホーンテッド・マンション(呪の館)のように荒れていた。私の目にはどうしようもない家に見えた。彼等は古い家財道具をひとつひとつ調べ、掃除し、気に入ったものには新しい布地をはりかえたり、磨いてニスやペンキを塗ったりして瞬く間に見違えるようにしてしまった。いらないものは近くで開催されたブロカント(蚤の市)に夜通し準備してへとへとになりながら出展し、喜んで買ってくれる人をみつけて処分した。たった数ヵ月のあいだにすべて自分達の手で、贅沢な買い物は何ひとつせず、捨てるものはほとんどなく、すっかり心地よく住める家にしてしまった。家はどんどん進化している。
弟は、ガラス製造会社に勤めるエンジニアで、ラテン語の先生をしている美人の奥さんとの間に2人目の男の子が生まれたばかりだ。2人目ができたことを機に、一念発起して、1月に土地を買い、家を建て始めた。ベルギーでは、大学で5年間勉強して得られる技術者(Commercial
engeneer と Civil engeneer とは区別される)であれば、資格をもった建築家を雇わなくとも、自分の家だけは自分で設計し、建築責任技術者として署名してよいことになっている。仕事は忙しく、子供は小さい。とても自分で家造りにかかわる時間がとれない、とはいいながら、彼は自分で設計して責任者となることを選んだ。この夏、彼は1ヵ月の休暇を全て家造りの現場で費やした。いよいよもうすぐ入居する家は、かろうじて住める段階で室内ドアも台所のユニットもまだない。
最後まで残っていた上の妹夫婦は、約7年の家探しの後、とうとう先月待望の家を見つけ売買契約を結んだ。ベルギーには住宅情報もなければ、ファクスで家探しを手伝ってくれる便利なサービスもなく、日曜日は不動産会社も全てお休みだ。平日の夜にめぼしい家や土地を見つけておいて、土曜日に現地を見にいくいうパターンを毎週続けて7年間。妥協のない根気勝負の結晶は、実家から数百メートルしか離れていない石造りのお医者さんの家となった。そのお医者さんは、60歳で引退しもっと郊外に小さな家を造り、大きな家を売ったお金と年金で奥方と二人悠々自適の生活をおくるという。
ベルギー人はお腹に煉瓦をもって生まれてくるというのは本当かもしれないと思った。
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