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この大鹿村の、古くからの集落には、坂上さんというお宅がたくさんあるようですがね。一説によりますと、その大鹿の坂上さんは、坂上田村麻呂の子孫であるというようなこともいわれておるようです。
なお、瑞ケ池、尼ケ池などは、この大鹿村の灌漑用の溜池でした。瑞ケ池のある場所は、大鹿の集落があったところから少し離れていますけどね。瑞ケ池の北側に、三菱電機の北伊丹製作所がありますが、そのあたりは瑞ケ池の埋立地です。もう一つの尼ケ池というのは、もうありません。現在、瑞穂小学校になっているところが、尼ケ池でした。
だいぶんスピードを上げて話をしてきた部分もありまして、不十分な点もあったろうかと思いますが、今回は、伊丹郷町とその周辺、北村や大鹿を含めた旧「伊丹町」という、そのエリアについて、由緒ある地名、あるいは歴史や文化、そういうものについてお話をさせていただきました。
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来月は、これに引き続きまして、それ以外の旧村地帯、つまり、旧「稲野村」、旧「神津村」、旧「長尾村」にスポットを当ててみたいと思います。そこには、まだ住居表示が適用されていない地域がありますので、一部、昔のままの地名が残っているところがあります。しかし、そうした古い地名が消え失せるのも、もはや時間の問題であろうと思うんですよ。
来月用のレジメも、実は手回しよく作ってあるんですが、資料として、十月十五日の「広報伊丹」のコピーを付けておきました。そこにはね、「野間・山田地区などで住居表示」という見出しと地図が載ってましてね、「来年三月実施」と書いてあるんです。山田地区も「山田○丁目○番○号」になると、あるいは野間地区も野間北という大字が新しくできて、野間北一丁目から六丁目に変更されると、こういうわけなんですねえ。そのように、もう刻々とですね、旧地名がまだ残っているところも、次々と住居表示法が適用され、「○丁目○番○号」になっていくということです。
いずれにしましても、次のときは、旧「稲野村」、旧「神津村」、旧「長尾村」の古い地名を展望してみたいと思います。そういうわけで、今日はこれまでにしたいと思います。
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(伊丹市文化財保存協会理事)
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