第十章 地名が語る伊丹の歴史
〜伊丹郷町とその周辺〜
安達 文昭

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 「丹醸」とか「伊丹諸白」というたらずいぶん昔の言葉だなという印象なんですけどね、実はこれね、いまも小西酒造さんの商品名にそういう名前を付けたお酒があると思うんですよ。小西酒造さんは、もうまもなく創業四百五十年を迎えられる、伊丹きっての老舗なんですけどね。いまも商品名にですね、「丹醸」「伊丹諸白」、それから「樽回船」という名前のお酒もあったんじゃないでしょうか。
 そればかりではないんですよ。いま、NHKの朝の連続テレビ小説は「甘辛しゃん」。ドラマの舞台は灘ですけどね、テレビの番組のタイトルになっている、あの書体をラベルに貼った「甘辛しゃん」というお酒も、白雪さんから発売されております。長寿蔵のその横のところに売店がありますね、あそこにありますよ。


 それから、もう一つ。これもまた小西酒造さんのPRになりますが、「近松の酒」という商品名のお酒も発売されました、つい最近。近松というのは、もちろん、近松門左衛門ですね。江戸時代の劇作家、浄瑠璃作家ですか。その近松門左衛門がやはり、たいへんな「白雪」のファンだったそうです。で、小西家とも親交があったようでしてね、そういう縁で、すばり「近松の酒」と名付けられたのでしょう。
 ほかにも、銘酒の香りに魅せられて、井原西鶴や頼山陽など、著名な文人墨客たちが伊丹の町へやってきたようでありますが、そういうことばっかりいうてると、なかなか地名の話に入れませんので、いまから伊丹郷町の地名の話に入りたいと思います。

 伊丹市立博物館から最近、『新・伊丹史話』という本が発行されました。その史料によりますと、江戸時代中期の伊丹郷町の地図をここへ使わせてもらっておりますが、伊丹郷町は十五カ村と二十七町で構成されていた、ということです。地図の中の、四角で囲んである部分が村の名前です。で、伊丹村、ちょうど真ん中ぐらいですね。伊丹村だけはですね、もうすでに都市化が進んでいたようでありまして、この地区はさらに二十七の小字(町名)に、分かれていました。
 先ほどから伊丹郷町というておりますが、この地図の区域が伊丹郷町であります。まさに有岡城、六月にお話しさせていただいたときに、有岡城の総構えの略地図を載せておいたと思いますが、そのお城の形、お城の領域と全く同じなんですね、これ。
 で、この伊丹郷町は、現在の大字でいいますと、北本町、伊丹、宮ノ前、中央の区域にあたるわけです。まあ北本町や、中央は、まだもう少しこの伊丹郷町の区域から外へ広がっておりますけどね。それで、レジメには、昔の町名を道筋ごとに北からずーっと列挙しておきました。簡単に読み上げましょうか。

 まず、「本町通り」というのは、産業道路です。その両側は北から順番に、藁屋町(綿屋町)、柴屋町(柴之座・泉町)、魚屋町、中之町、材木町、竹屋町でした。カッコ内は、その後に変更になった地名です。
 それから、「本町通り」の一つ東の道筋。ここは北から順に北之口、橘町(鰻町)、湊町、鍛冶屋町(殿町)、新町、住吉町(袋町)、南町、その次はちょっと変わった地名ですね、無足町、それがのちに伊勢町という名前に変わりました。
 それから、「本町通り」の一つ西の道筋。そこは北から常磐町、鍋屋町、柳町、米屋町、井筒町、裏屋町(裏町・八百屋町)、紺屋町でした。


 さらに、その西側、「宮ノ前通り」です。ここはちょっと中心部から離れておったのか、村なんですね。北少路村、北中少路村、南中少路村でした。
 それと、猪名野神社の近辺に、天王町というところがありました。猪名野神社は昔、野々宮牛頭天王というてたようでありまして、それをとって天王町。そして桜崎町、宮崎町、戎町です。
 それから、法巖寺という、このすぐ西側のところにある、大きなクスノキのあるお寺、そのお寺の西側一帯が扇子町(扇町)でした。どちらも、読み方は「おうぎちょう」です。
 そして、有岡城跡の近くが大手町、古城です。その南が境町(堺町)でした。
 このほか、村の名前としてはですね、大広寺村、昆陽口村、円正寺村、下市場村、上外崎村、外崎村、さらに外城村、高畑村、古野田村、新野田村、植松村というのがありました。


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