実際いうて、形のない地名の話、しかも、次々と全部、失われていく古い地名、そういう話をするのは、ちょっと空しい気持ちなんですよね、これ。もう、無いわけですから。もともと形のないものを、いま掘り起こして、こんなこと言うてますけどね。こういう地名の話をさせていただくのも、もうラストチャンスじゃないでしょうか。また何年か経ったあと、こんなこと言うても、「どこに、そんな地名があるねん」と、お叱りをこうむるばかりでしょうね。そういう点からすると、何回も同じこと言いますけど、鋳物師という旧地名が守られたことは、本当に立派なことだと思っております。
それで、その鋳物師のことを、まだもうちょっと言いますがね、今日の初めに申し上げましたように、この「鋳物師村」にはですね、それこそ超ド級の遺跡が眠っていたんですねえ。伊丹廃寺であります。初めに「伊丹市北村字鋳物師南良蓮寺」と、フルネームの旧地名を書いておきましたでしょ。だけど、いまそこは緑ケ丘四丁目なんです。で、寛文年間(一六六一〜一六七三年)の『北村絵図』という古い地図を見ますとね、「良蓮寺」と書き込みがあるんですよ、そのお寺の場所に。現実に、近年までね、その地区、緑ケ丘の陸上自衛隊総監部の前のあたりですけどね、「北良蓮寺」とか、「南良蓮寺」という地名だったんです。
|
実は私、若かりし日は県立伊丹高校に通っておりまして、自衛隊がまだ出来たばかりのころですが、総監部前のあたり、うっそうと茂ったような雑木林でしたね。その雑木林の中に、古代寺院(伊丹廃寺)の遺構が眠っていたというわけです。
その「南良蓮寺」という地名だった場所からですね、昭和三十三年(一九五八年)、銅で作られた水煙(すいえん)というものが出てきました。雑木林の持ち主である人が、畑を耕しておられたそうです。そしたら、鍬の下でカチンと音がしたんでしょうね。それが、水煙でした。五重の塔だとか、いわゆるお寺の塔ですね、それの九輪(くりん)の上の部分に取り付けられた、炎の形をしたような装飾具です。これの現物はご覧になった方もいらっしゃると思います。伊丹市立博物館の二階の常設展示場に、ちょっと緑がかったような色になっておりますが、その現物が展示されております。その水煙が、とにかく昭和三十三年に、偶然のきっかけで見つかったということですね、土の中から。で、それをきっかけとしまして、本格的な発掘調査が行われました。
|
発掘調査といえば、この旧伊丹郷町のあたりも、ずいぶん頻繁に発掘調査が行われておりますが、それは市街地改造とか、何かビルが建てられるとか、道路になるとかで、緊急発掘ですよね。ところが、この伊丹廃寺の場合は、水煙が見つかったのをきっかけにしまして、ここにはすごい遺跡、お寺が眠っているのではないか、と、いわば遺跡探しですよ。そうして、長期にわたって発掘調査が行われました。で、その結果、法隆寺様式の伽藍配置を持った、大規模な上代寺院跡だということがわかったんです。ありし日のそのお寺の境内、東西が百五十メートル、南北が百三十メートルに及んだといわれております。
現在、その一部が史跡公園として保存されておりますね。金堂跡、つまり本堂の跡ですね、それから塔跡。その二つが、平瓦を重ね、基檀だけが復元されております。だけども、境内の規模は、もっと大きかったわけですからね。自衛隊の正門のところはもちろんのこと、総監部の建物あたりも含めて、大寺院であったんだろうと思います。
|
ところが、この伊丹廃寺跡は国の史跡に指定されたんですけれども、そのあと、残念なことに、「良蓮寺」という地名は失われてしまったんですねえ。昭和三十三年に水煙が見つかって、昭和四十一年(一九六六年)に国の史跡に指定されました。せっかく大寺院の遺構がむっくりと土の中から起き上がってきたというのにですね、それからしばらくして、こんどは「良蓮寺」という地名が失われてしまったというわけです。
|
ところで、このお寺、「良蓮寺」と、古い地図に書いてあるんですけれども、それでも、良蓮寺という名前のお寺だとは、はっきり特定できないんでしょうね。だから、良蓮寺跡とはいわずに伊丹廃寺跡。なんか便宜的に付けた名前のようにも思えますけどね、伊丹廃寺なんていうのは。たしかに、このお寺はナゾの多いお寺のようです。『北村絵図』や『川辺郡誌』、それから鋳物師にある臂岡天満宮の史料に、「良蓮寺」あるいは「龍蓮寺(ろうれんじ)」という名前で、お寺の存在が示されています。ところがですよ、これほどまでの、国の史跡に指定されるほどの大規模なお寺がですね、それ以外の史料には全く出てこない。この点では、非常にナゾに包まれた、不思議なお寺だと思うんですよね。
いずれにしましても、この伊丹廃寺のようにですね、地名そのものが、「ここにお寺があったんだ」ということを叫びつづけておって、現実に、その場所から超ド級の遺跡が姿を現したと、こういうケースは、珍しいのではないでしょうか。
|
| 【次のページへ】 |