第六章 鬼貫と伊丹風俳諧
〜伊丹の文芸活動〜
瀬川 照子

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 「桜咲頃鳥足二本馬四本」この句も、よく人々にどういう意味の句ですかと聞かれます。このままなんですよ。これね海外で、鬼貫の奇跡の句として紹介されてるんですよ。英語でいいますと「イン チェリーブロッサム タイム バーズ ハブ トゥー レッグス ホースイズ フォー」、これがね奇跡と紹介されているんですよ。鑑賞の仕方にもよるのですけれども。桜が咲く頃、この桜が本当にその日本中、桜で満開になるこの美しい桜に感動して、自然の営みというもの、自然の創造主神様というのは本当に素晴らしいと。こんなに美しい桜を私たちに見せてくれるっていうふうに感動すると、その感動の心で鳥を見るとね、鳥の足が二本あるのも納得ができる。まあ、神様はよく作っておられます。鳥が四本足があったら木に止まれません。それから馬が四本足があるということすら、馬は胴が長いですから、二本では立てませんからね。四本あるということすら、本当に大自然というのはうまくできているなあっていうふうに鬼貫は感動したんだと思うんですよ。ですから、この句が海外で鬼貫の句として紹介されているのに、私はもうびっくりしたんですけれども、桜咲此鳥足二本馬四本、そう言われれば、この句わかりますね。技巧のないそのままなんですよ。

 桜の咲いている頃、わー、鳥は二本の足で桜にとまっている。馬は四本だ、すごいことであるって、鬼貫は感動して詠んだんです。これが鬼貫の句なんですよね。ですから、そのままと思っていただくと、わからないと言われる前に、素直な句だなというふうに見ていただける。この境目が非常に難しいんですよ。イメージが広がって、いろんな解釈ができる句と、わからなくなる句との境目に鬼貫は存在しているように思います。鬼貫の作句に対する姿勢を心にとどめて、少し愛情をもって柔軟な心で鬼貫の句を見ていただくと、鬼貫が私たちの心に生きてくると思います。

 「にょっぽりと秋の空なる富士の山」、代表句ですね。伊丹の子供たちは、鬼貫というとこの句を言ってくれます。このにょっぽりというのが、当時のしゃべり言葉、口語なんですね。にょーっと出てるというのを表現したのですけれども、それを技巧を凝らさないで普段の会話そのものを、そのまま使って作った句です。

 それから、「白魚や目までしらうおを目は黒魚」、本当におかしな句ですけど、白魚は真っ白なんですけど、体に合わず大きな目は黒いですわね。ですから、白魚というけど、目は黒いなあと、それをそのまま詠んだ句です。笑いのある着想のユニークな句ですね。

 「春の水所々に見ゆるかな」、これは春雨の水たまりが所々に見える、まあそのままですよね。その水に空や、春の樹々が写っているのでしょうか。

 「こひしらぬ女の粽不形なり」、これもそのままですよね。恋を知らない女性の作った粽というのは、えらい大きいんじゃないんでしょうか。私のおにぎりも、不揃いで大きいのですが、恋を知らない女に近いのでしょうか。そのまま詠んだ句だと思います。

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