「冬はまた夏がましじゃといひにけり」、これもまた、よく引用されますね。これまた、夏になったら違うことをいうような気がしますが、これは鬼貫が日常喋っている言葉をそのまま切りとって句にしたものです。口語調の句ですね。
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「今の心是こそ秋の秋の月」、感動そのままの句ですよね。まあすごくきれいな秋の月だ、この心この心が秋の月だよ、というもうそれだけなんですよ。この感動は言葉で表現できず、ただ心があるだけ、さあ言葉をこえてこの月を見ようよと、鬼貫は私たちに伝えているのでしょうか。ですから、月がきれいだなと思ったら、いろいろ技巧を凝らして、言葉を選んだり、少しでもいい表現になるように考えるんじゃなくって、秋の月の美しさに感動したその気持ちをそのまま今の心、今の心これこそ秋の秋の月、これが鬼貫の俳句そのものだと思います。思い余って舌足らずに近い表現ですね。
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「物すごやあらおもしろや帰花」、あーすごいな、こんな寒いときにこんな帰花、狂い咲きの花が咲いて、おもしろいな、というそのままの句ですよね。あらおもしろや、という口語の言葉をそのまま感動として句にしたものです。
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今までの句でもおわかりのように、技巧がない句が多いですね。ですから、粗削りで、口語調で一見理解しかねるようなところがありますけれども、鬼貫のまことということを少し学ばせていただきましてね、その上で、素直な心で鬼貫の句を鑑賞しますと、それなりに鬼貫の詩の心に近づいていくことができるのではないかと思います。去年ですけど県立伊丹高校で、鬼貫のことを話した時に県高の生徒たちは、よく理解するんですよ。今の若者は短い言葉で、テレビでもコマーシャルでも、ぱっと自分の思ったことをしゃれた言葉で表現することを得意とする子もいます。芭蕉の精神的な句よりも、この鬼貫の句は、感覚的ですからね、良く理解してくれましてね、鬼貫というのが少しはわかったと言ってくださったんだんですけども、芭蕉のように求道的に鬼貫の俳句を見なくていいと思います。とくに俳諧史の頂点に芭蕉がいますので、句の中に人生感などを探ろうとする鑑賞の仕方になりがちですが、そうすると俳諧が狭いおもしろみのないものになってしまうということもあります。
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鬼貫の句の鑑賞はこのくらいにしまして、今日のテーマをまとめてみたいと思います。本来、江戸時代の俳諧文芸というものは、伊丹風俳諧を代表するような言葉遊び、それが俳諧の精神だったわけなんです。芭蕉が有名になりすぎまして、楽しみというよりも、求道的な人生詩や、わびたものが句だと思われがちですが、当時はパッと人達が寄りますと、俳諧の遊びをいたしました。座の文芸であったわけです。一人の人がまず発句を詠みます。五・七・五の発句を詠みます。たぶん、その集まりの客だったり中心の人物が詠みます。そのあと七・七の脇句を付けるんです。脇句はその集まりのホスト役の人がします。その場で作るんですよ。連想ゲームのように前の句を受けて、次の句を発想します。五・七・五、七・七、五・七・五、七・七というように次々と付けていくんですけれども、そこに笑いがあって、楽しみがあって、ひねりもありそこにまたお酒が出ますしね。一つの座の文芸だったわけなんです。その座の雰囲気や高まりで、質のよい俳諧の連歌が完成いたします。机の上で悩んでするようなものではなかったのです。
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ところが、鬼貫や芭蕉のように才能のある俳人がでて、俳諧の中に生き方を探り、詩の心で生きなければいけないというようなことを述べた人達だけが、文学史上に残っておりますけれども、本来は楽しいお遊びだったわけなんですよ。言葉の文芸の中に笑いがあるということはとても豊かな質の高い遊びだと思います。今、日本人は笑いを忘れかけております。人が寄る所にこういうような言葉遊びで、笑って文芸を楽しむことが、日常生活の中にあったということは、すごく文化が高かった。世界的に見ても、この俳諧を庶民が楽しんでいたということは、知的レベルが非常に高かったというようなことが言われます。
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