第六章 鬼貫と伊丹風俳諧
〜伊丹の文芸活動〜
瀬川 照子

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 鬼貫の悟り・伊丹風からの脱却というテーマに入ります。「ただ、俳諧ハ狂句作意をいふとのミ心得たるばかり一概にかたよるべき道にもあらず猶深き奥もあらんと延宝九年のころより骨髄にとをりて物ミな心にそむ事なくやや五とせを経て貞享二年の春まことの外に俳諧なしとおもひもうけしより」と書いております。解説しますと、ただ俳諧というものは、滑稽な句を作るために作意とか技巧をこらしたものだけというように、かたよるものじゃなくて、もっと深いものもあるのではないかというように疑問をもって、延宝九年、これは鬼貫が二十一歳のときですね。この頃より、骨髄にとおりて、骨の髄まで深く思って、ずっとそのことばっかり考えていたということですね。

 物みな心にそむく事なし、俳諧以外のことは何も考えられなくなってしまった。五年間、五とせを経て、二十五歳の春に「まことの外に俳諧なし」と思いつきました。「まことの外に俳諧なし」と思いついてからは、「かざりたる色品もかの一句のたくミもことごとくうせてそれぞれは皆そらごととなりぬ」今まで長いこと作っていた句、言葉をかざったり、巧みをこらした作意のある俳句というものが、ことごとく色あせて魅力のないものになってしまいました、といっております。ですから鬼貫の俳諧理念は「まことの外に俳諧なし」ということですね。ここに自分はたどり着きましたということを言っております。ですから、「まことの鬼貫」といわれるのはここからきております。「まこと」ということですね。いったい鬼貫の「まこと」というのはどういうことであるか、ここまでは常によく言われて、私たちもよくわかってるんですけれども、では実際「まこと」というこの抽象的な言葉は、俳諧の上でどういうことであるかということを、また鬼貫の 『独ごと』から引用してみます。

 私若い頃、鬼貫の「まこと」を理解できなかったんです。倫理感を代弁するような「誠」という言葉のもつイメージが、宗教的で、私の中で壁を作っていました。とくに鬼貫は禅の教えからその悟りを開いたと、ただその一行ですべて解決しておりましたので、また、禅の教えというのが壁になり、鬼貫が本当にわからなかったんです。しかし、この十年ずっと鬼貫に携わってみましてね、いま鬼貫がわかったとまではいきませんけれども、少しでも鬼貫の心に触れることができるなというところに来たような気がして、嬉しいと思ってるんです。その鬼貫の言う「まこと」ということにふれてみたいと思います。

 これは全然私たちの心とかけ離れたことではないので、非常によくわかることだと思います。まず、「句を作るにすがた詞をのミエミにすれハまことすくなし」、これが鬼貫が一番強調していることですが、句を作るのに今までのように人が使っていないような言葉など、一生懸命に言葉をもじってもじって、考えて考えて作るような言葉だけの俳句はまことが少ない。「只心を深く入て姿言葉にかかハらぬこそこのましけれ」、ただ心を深く入れて余りその表面的な言葉に惑わされないような方がいい、ということを言っています。まず第一として、あんまり技巧を凝らしてはいけないということです。

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