小西店の図「二千年袖鑑」より
小西家が酒造業を始めたのは、天文19年(1550)と伝えられ薬種業と兼業であった。そして慶長17年(1612)には酒造を本業とし、江戸への駄送りを開始した。また銘酒「白雪」の名は、江戸へ酒樽を運ぶ途中、富士山の気高さに感動し命名された。これらの小西家創業期の話が伝えられており、小西家では酒造を本業としたときの当主新右衛門宗吾を初代としている。手酒の生産から、海上輪送、江戸での販売に至るまでの一貫した小西家の経営については主論文に詳しい。ここでは小西家に残る古文書や、当時流布していた「名所図会」などの史料によって、魚屋町の小西本家を中心とした伊丹における酒造業、安治川に設けられた廻船問屋、江戸新川の酒問屋、さらに小西家の大名貸、また小西家が担当した惣宿老を頂点とした伊丹郷町の町政機構などについて、主論文にそったかたちで、説明を加えていきたい。なお、掲載した史料で、とくに断りのないものは小西家文書によった。
2代新右衛門から、太郎兵衛・四郎右衛門の兄弟にあてた、酒株の譲与に関する遺言状である。新右衛門所持の酒株1,420石1斗6升の内、800石は太郎兵衛ヘ、620石1斗6升は四郎右衛門へ譲ることとされている。そして太郎兵衛が3代新右衛門を襲名したが、2年後に31歳で歿し、譲与された酒株は再び四郎右衛門へ譲られ、四郎右衛門が4代新右衛門(俳号馬桜)として小西家当主の座に就き、以後50余年にわたり家業の隆興に尽くし、享保17年(1732)8月、79歳にて歿した。
FujiyamaNET は「山は富士、酒は白雪」でおなじみの
小西酒造株式会社が運営しております。
FujiyamaNETに関するご意見・お問合せ:fujiyama@konishi.co.jp
Copyright(c) 1996-2009 konishi Brewing co.,Ltd.