第四章 伊丹城の城主 伊丹氏
〜伊丹氏の足跡〜
伊丹 茂

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 戦国武将伊丹氏の痕跡
 伊丹城並びに伊丹氏に関しては、その痕跡に値する資料がたいへん少なく、それだけに古くからの諸先生方の調査資料が、如何に貴重なものか痛感した次第ですが、それら資料を参考にさせていただき、またその後の兵庫県、伊丹市両教育委員会の発掘調査の経過に基づく新しい発見と、私なりの歴史的私観を交え、暗中手探りながら文の作成に着手させていただきました。


 最近、有岡城と、城主荒木村重の名は少し世間に知られてきているように思われますが、この伊丹氏に関しては、その存在すら知られていないのが現状かと思われます。このことは伊丹氏もさることながら、ひとつにはその時代の歴史的背景に浮かぶ要素が、大きな役割を果たす場合が考えられますが、それにしても伊丹一族三〇〇有余年にわたる長い時の流れの中で、城主、または庶民の暮らしにまとわる、伝説めいた話すら、何ひとつ聞こえてこないのも不思議であり、真に淋しいかぎりというほかはありません。せめて幾つかの伝説めいた話でもあれば、世間の人の受け止め方も違ったであろうし、また当時の人々の暮らしとか、お城の様子等が垣間見できる場合があるので、そういう意味においても真に残念に思われます。しかし伊丹城および伊丹氏の存在は早くから認知されており、ただ、後の荒木村重に比較して、その背景の(信長、秀吉の時代)価値観の違いとでもいうか、埋もれた存在として処理されてきたように思われます。しかし、歴史上、その背景の価値観をいうなれば、信長の時代より世は混戦の時代であって、その間三〇〇余年、十数代にわたって引き継がれ、城を堅持し維持したということは、日本の歴史上まれなる武士団であり、このまま歴史の彼方に葬ってしまうには、あまりにも惜しまれた存在といえるでしょう。ここにその価値観を問うことができればと願う次第です。

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